第1884回例会

第1884回 例会記録   No. 16
平成 26 年 11月 26日
司会 : 江口公晴     編集 : 中澤広樹

会 次 第
1.点鐘
2.ロータリーソング  「それでこそロータリー」  
3.お客様紹介
  越谷中ロータリーRC会長   菊地貴光 様
「珈家 」代表           福田 豊   様      
4.会長卓話
5.幹事報告
6.ロータリーの目的     青木清 会員
7.雑誌記事紹介     中澤伸浩 会員
8. 委員会報告
8. スマイル報告 
9.外部卓話   「大手食品メーカーにおけるコンプライアンスについて」 福田豊 様
10.出席報告



会長卓話
 
松ア義一 会長
会員の皆様こんにちは、

11月15日(土)〜16日(日) 第2770地区の、地区大会が行われました。メインは、2日目でした。

今年残念ながら、ご欠席された会員様は、来年是非ご出席されます様、宜しく御願いいたします。

さて、それでは、本日の卓話に入らせていただきます。人道的支援をした日本人と云う事で、杉原千畝氏のお話をしたいと思います。
杉原 千畝(すぎはら ちうね、1900年(明治33年)1月1日 - 1986年(昭和61年)7月31日)は、日本の官僚、外交官。                                       
杉原千畝(すぎはらちうね)、「東洋のシンドラー」とも呼ばれる外交官です。彼は、第二次世界大戦中、日本領事館領事代理として赴任していたリトアニアのカウナスという都市で、ナチス・ドイツによって迫害されていた多くのユダヤ人(6,000人)にビザを発給し、彼らの亡命を手助けしたことで知られています。

「命のビザ」「東洋のシンドラー」

 
リトアニアの日本領事館の外観(1940年)
杉原がリトアニアのカウナス日本領事館領事代理に任命されたのは、昭和14年(1939年)でした。当時のカウナス日本領事館です。彼が多くのユダヤ人を救い、「東洋のシンドラー」と呼ばれることになったドラマの舞台がこの場所です。

ところで、「東洋のシンドラー」の「シンドラー」とは何のことか、ご存知でしょうか。これもまた人の名前です。オスカー・シンドラーというドイツ人(生まれは現在のチェコ)の実業家で、やはり第二次世界大戦末期に、多くのユダヤ人の命を救ったことで知られる人物です。彼は、ドイツ占領下のポーランドで自らが経営していた軍需工場(戦争のために必要な物資を製造する工場)に労働者としてユダヤ人を雇い入れ、その身柄を保護することで、1,200人に上ると言われるユダヤ人の命を救いました。彼がユダヤ人労働者の保護を申請するために作成したリストは「シンドラーのリスト」と呼ばれています。これをタイトルにした映画は大きな反響を呼び、シンドラーという人物はさらに多くの人の知るところとなりました。こうしたシンドラーの行いになぞらえて、のちに杉原千畝は「東洋のシンドラー」と呼ばれるようになったのです。

さて、杉原がカウナス日本領事館領事代理となった頃には、ユダヤ人に対するナチス・ドイツの迫害が激しくなっていました。このような状況下では、ドイツ占領下のポーランドをはじめ、ナチス・ドイツの影響の強い地域から逃れてきたユダヤ人にどのように対処するか、ということが国際的な問題となりました。日本もその例外ではありませんでした。

松岡外務大臣が在サンフランシスコ総領事にあてて、昭和15年(1940年)7月26日に出した電報の一部です。この中では、ヨーロッパから日本経由でアメリカに渡るユダヤ人難民が、この月の13日横浜発の鎌倉丸という船に13名、22日発の氷川丸という船に77名あり、引き続き多数に上るであろう、と述べられています。このように、日本にもかなりの数のユダヤ人が逃れて来ていましたが、その多くは、日本を通過してさらに他の国に避難していきました。日本では、ユダヤ人に限らず、すべての外国人について、避難先の国の入国許可を得ていない者には通過ビザを発給しない、という方針を決めていました。

しかし、ますます増加するヨーロッパからの避難民の中には、避難先の国で入国許可を取ることが出来ると偽って日本の通過ビザを得て来日しておきながら、実際には行き先がなく、それを理由に日本にとどまろうとする者がいる、と書かれています。また、日本までの乗船券しか持っておらず避難先の国に行くための費用もない者がいて、取り締まりに困っている、とも述べられています。これらは、ヨーロッパの戦火を逃れた避難民全般のことを指しています。そして、いちばん左、国籍が「猶太系 リスアニア」(ユダヤ系 リトアニア)となっている人物の「通過査証月日及官庁」の欄には、「同年(昭和十五年)七月十六日 カウナス帝国領事代理 杉原千畝」と書かれています。つまり、この人物は、杉原からビザの発給を受けて、日本にやってきたことがわかります。しかし、その背景には以上のような難しい状況があったのです。

「命のビザ」のために

 
日本領事館でビザ発給を訴えるユダヤ人避難民たち(1940年7月)昭和15年(1940年)7月16日には、杉原によるユダヤ人へのビザ発給は既に行われていましたが、これは決して順調に進められたわけではありませんでした。
この直後の7月28日に杉原より本国の外務省に宛てて出された電報で、その末尾には、日本通過ビザの発給を求めて連日100名ほどのユダヤ人が領事館に詰め掛けている、とあります。

しかし、実はこのようにビザ発給を求めて領事館にやって来るユダヤ人の多くは、規則に従えばビザの発給が認められない人々でした。この規則というのは、昭和13年(1938年)10月7日に外務大臣から各地の在外公館に宛てて発せられたもので、日本通過ビザの発給が認められるユダヤ人の資格として、「避難先の国の入国許可を得ていること」や「避難先の国までの旅費を持っていること」などが定められていました。したがいまして杉原に対して、資格を持たないユダヤ人へのビザ発給の許可を出すことは最後までありませんでした。

それでも杉原は、独自の判断で発給を続けたのです。こうして発給された日本通過ビザによって日本に渡ったユダヤ人の中には、避難先の国の入国許可を得ていないために、結果として日本で足止めとならざるを得ない人々も多かったでしょう。しかし、命の危険が迫るヨーロッパから脱出させることができたことは、まさに彼らの命を救ったことにほかなりませんでした。ソ連への併合にともない、杉原のいたリトアニアでは各国の在外公館が相次いで閉鎖されていきました。日本領事館もまた閉鎖することを求められ、杉原もこの地を離れなければなりませんでしたが、それでも杉原は最後までビザの発給を続けたと言われています。

杉原千畝の人道性

このような杉原の行為の人道性が特に注目されるようになった背景としては、ユダヤ人へのビザ発給をめぐる他の国の領事館の状況が大きな意味を持つと考えられます。ユダヤ人へのビザ発給を行っていたのは、杉原のいる日本領事館だけではありませんでした。中南米その他の国々の領事や総領事の中には、ビザの発給の際に避難民に手数料以外に高額な代金を要求しているものがいる、と書かれています。しかも、そうやって発給されるビザの中には、本国の了解を得ていない、いわゆる空査証(空ビザ)があり、これでは実際にその国に行っても入国が認められないため、通過国でその扱いに困っているとも述べられているのです。

このように、決して人道的とは言えないビザ発給の実態がある一方で、本国の考えに背き、また困難な状況であっても力の限りビザを発給し、ユダヤ人を救おうとした杉原の勇気と人道性は、現在に至るまで高い評価を受けています。杉原千畝が「命のビザ」によって救ったユダヤ人の数は、少なくとも6,000人に上ると言われています。
私は、杉原千畝さんを、日本の誇りだと思います。



お客様挨拶

 
越谷中ロ−タリークラブ
菊地貴光 会長
・来年予定されている中クラブ創立25周年事業の参加協力の御挨拶を頂きました。



幹事報告
 
小宮山大介 幹事

地区より
・ RI会長ゲイリーC.Kホァンご夫妻をお迎えし   
て「ジャパンロータリーデーin東京」が開催されます。日時2月4日(水)
・ End Porio Now:「歴史に1ページを刻もう」 キャンペーンの感謝状が届きました。
・地区大会時のインターアクト生による東日本復興支援募金の御礼が届きました。
募金合計額 696,806円
・新入会員速報掲示
・越谷東クラブより12月例会予定表 掲載
・越谷市内ライオンズクラブより
  新年会のご案内


ロータリーの目的
 
青木清 会員







雑誌・記事紹介

 
ロータリー情報・雑誌委員会
中澤伸浩 会員

・ロータリーの友11月号に掲載された、ロータリーデイについての紹介がありました。ロータリーの公共性、地域の人たちへのロータリー活動を知ってもらうための話でした。


委員会報告

 
熊正行会員増強第4班班長

・会員増強第4班の会議を例会終了後、開催の報告がありました。


外部卓話

「大手食品メーカーにおける食品コンプライアンスについて」

 
「珈家」代表  福田豊 様

現在、コーヒー店を経営されています、福田さんですが以前は、某ハムメーカーで33年間勤務されていました。
その当時の裏話を卓話いただきました。
・企業におけるコンプライアンス
・企業事故
・同族経営と商社
について、卓話いただきました。福田様、有難うございました。





越谷中RC菊地会長、本日卓話をお願いいたします
福田様ようこそいらっしゃいました 。
松ア 会長
小宮山 幹事
北クラブの皆様、御世話になります。中クラブも25周
年となります。来年3月14日に式典を行います。宜しく
お願いします。      
越谷中RC
菊地貴光
福田様本日の卓話宜しくお願いします。珈琲有難うご
ざいます。
大熊正行 
中村義雄 
今井英治 
松井昭夫 
青木清
江口公晴 
降田富男 
長谷川真也
宮ア敏博
寒いので、風邪に皆さん気を付けましょう。 高橋正美
財団月間御協力有難うございます。12月よリレートが
112円となり、28,000円となります。宜しくお願いします
若海兵馬
かなり久しぶりの例会出席です。         一柳昌利
御無沙汰しており、すみません。         小林光則
次回欠席、本日早退いたします。        太田靖彦
世界平和の為に   末木照久 
大濱裕広 
小山哲央
高橋忠克
いつもスマイル有難うございます。    本間睦人

出席報告
会員数 55名
出席免除者 11名
出席者 40名
欠席者 20名
出席率 80%


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